世界の著名人だってメガネがトレードマークになっている
昭和の時代においては、海外の方々が特に西洋人が日本人を見た時のイメージに、「黒ブチ丸メガネ」をかけていることを連想されたようです。確かに、日本人とメガネはイメージが湧くのですが、西洋人のメガネは当時(昭和の時代)とすればジョン・レノン、チャップリンといった方々が連想するのですが、近年ではとてもオシャレに掛けこなす男優や女優が公私ともに、素敵に掛けこなしているシーンをよく見るようになりました。
この世界だってきっとメガネで変えられる
目次
メガネがトレードマークになっている有名人がたくさんおられることは、あなたもきっとご存じでしょう。その方たちが、メガネをかけることで、ご自身のキャラクターを世の中にアピールされ、多大なる影響力をもたらしてくれたのです。
それはいわば、メガネが、この世界を変えたともいえるのではないでしょうか。

それはいわば、メガネが、この世界を変えたともいえるのではないでしょうか。僕には4人の子どもがいますが、その子どもたちの未来のために、この世界をもっと素敵に変えられたらと、いつも考えています。そして、そのためにもメガネはきっと凄い可能性を秘めていると確信しています。
日本はいま超高齢化社会に突入しています。ご高齢の方々がますます増えていくなかで、そんなシニアの方々を幸せにすることもメガネができることのひとつです。

お客様の未来だけでなく、この世界の未来をメガネで変えていくことも、僕のメガネ屋としてのかけがえのない使命ののひとつです。
使命とは、「この命を何に使うか」という意味に違いなく、メガネを通して僕はこの命を世界の幸せのために使わなければなりません。そのためにも、この世界を変えてきた先人たちに学びながら、メガネにできることを考えていきたいのです。
世界の音楽をメガネで変えていったエルトン・ジョン
エルトン・ジョンの伝記映画「ロケットマン」の主人公は、エルトン・ジョンというより、彼がつぎつぎとかけるメガネに違いありませんでした。
そのエルトン・ジョンは、メガネについてこんなことを語っています。「きっとぼくのことでみんなに一番記憶されているのは、派手な眼鏡なんだと思うんだ。そうした意味で、眼鏡を機能だけのものからファッション性を持ったアイテムに変えていくのに、ぼくも一役を担えたことを誇りに感じてる。
もちろん、ぼくは眼鏡の機能も必要としてたんだけど、フレームやレンズなにができるか、それを極限まで広げてみせることが、ぼくの自己表現にとってすごく刺激的な新しいやり方になったんだ。
それと、そういう眼鏡をたしなむことで、パフォーマーとしてはどうしても邪魔になる、ぼくの極端なまでに引っ込み思案な本質を隠すことができたんだよね」
コンサートで滞在した5つ星ホテルで、メガネのための部屋をリクエストし、しかもその室温を十六度に維持するように指示したいという、飽くなきメガネへのこだわり。
意外にも、もともと視力が悪いわけではなかった彼は、ロックンロールの草創期に一世を風靡したバディ・ホリーという歌手をまねて、幼いころから黒縁メガネを手放さなかったてまに視力が落ちてしまったらしく。
それからメガネが欠かせないアイテムになり、いまでは二十五万個以上も所有しているとさえ豪語しているといいます。
エルザベス女王から大英国勲章の授与も受け、ナイトの称号を得たエルトン・ジョン。メガネで人生を変えていった、まさにメガネ自己啓発の先駆者に違いありません。
すべてのメガネ・フリークのリスペクト一身に浴びるエルトン・ジョン。そのメガネへの偏愛ぶりをまねすることは、そのまま僕の生き方そのものだったのです。
じつは「メガネ嫌い」だったジョン・レノン
その存在感がメガネと切っても切り離せないミュージシャンは、エルトン・ジョンだけではありません。その筆頭にあげたいのは、やはり20世紀最大のポップス・アーティスト、あのジョン・レノンに違いありません。
音楽というメッセージで世界を変えていったジョン・レノン。その顔にかけられたシンプルでレトロな丸メガネは、まさにジョン・レノンのトレードマークそのもの。
しかし、最初はあまりメガネをかけることは好きではなかったようで、「ビートルズ」の初期のアルバムでは、メガネをかけたジョンの姿を見かけることはほとんどありません。
ところが、くしくもジョンが出演した映画「ジョン・レノン僕の戦争」で青年兵士を演じるために、丸メガネが小道具として使用されたことをきっかけに、ジョンはこの丸メガネを愛用するようになったといわれています。
しかも、その同じ年に、ジョンはあのオノ・ヨウコさんと出会い、どれ以降アーティストとしてのジョン・レノンに変わっていったのです。
メガネ嫌いからメガネ好きへ、メガネがトレードマークのミュージシャンへ。ジョン・レノンもまた、メガネで人生を変えていったひとりだったのです。
また、ジョン・レノンが射殺されたときにかけていたサングラスは、日本の白山眼鏡店の「メイフェア」というメガネだったことも、ジョンの冥福を祈るとともに、ここに記させていただきます。
こちらの内容にご興味のある方は・・・参考文献「メガネが人生を変える」こちらへ
快適な眼鏡製作のご提案店舗:
眼鏡をかける方々はお一人おひとりお顔立ち、見るための眼鏡レンズ度数、ライフスタイル等は違うことを前提に、当店は、各年齢に応じた快適なメガネづくりを目指し、人生における視生活のサポートに日々勉強を重ねています。例えば、40歳の方が直面する老眼の始まりについて、各人が仕事や趣味等の生活における見ることのこだわりをご提案しています。
メガネのアマガンセンター店は、西は神戸市/芦屋市/西宮市と東は大阪市、北は伊丹市/川西市/宝塚市/三田市の間に位置する尼崎市で、1956年に眼鏡専門店として開業いたしました。
続きは・・・・・・・・引用文献のご案内
服は身に着けるもの、メガネだって身につけるものなのにファッション雑誌も殆ど市販なく、参考になるアイファッションを楽しむ単行本も数少なく思っていたのですが、眼鏡店の方やメーカーなどの方が経験を活かし出版されている本がありました。
ご興味のある方は、この単行本の一部を抜粋して掲載させていただきましたのでご紹介いたします。
著者:藤裕美 発行者:玉越直人 発行所:WAVE出版 タイトル:メガネが人生を変える
眼鏡専門店として最先端の技術をを取り揃えて「快適なメガネ」をご提案いたします
眼鏡専門店メガネのアマガン センター店の取り組み!
●読売新聞朝刊に当店の取り組みの取材を受け掲載されました・・・こちらへ
●毎日新聞朝刊に当店の取り組みの取材を受け掲載されました・・・こちらへ
●毎日新聞夕刊に当店の取り組みの取材を受け掲載されました・・・こちらへ
●日本眼科紀要会(日本の眼科学雑誌)への寄稿協力依頼を受けました・・・こちらへ
●週刊ゴルフダイジェストの取材を受けました1⃣・・・こちらへ
●週刊ゴルフダイジェストの取材を受けました2⃣・・・こちらへ
●メガネのアマガンがNHKテレビで放送されました・・・こちらへ
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[公開日] 2026年07月13日
カテゴリー:メガネ一覧,眼鏡屋



















