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韓国「メガネ先輩」の背景にある、知られざる「地域密着」ストーリー

ヤフーニュースより

カーリング女子日本代表と平昌五輪準決勝で対戦し、その実力と美ぼうで話題をさらった「メガネ先輩」キム・ウンジョンを覚えているだろうか。藤澤五月の柔和さとは対照的な、相手を射抜く鋭い眼光。その冷徹な印象そのままに繰り出される、精度の高いショット。しかし素顔は、韓国で”一番の田舎町”から出たアスリートだった。多くの注目を集めながら、日本語での情報は数えるほど。そこで今回、韓国語を自在に操り、同国のスポーツ事情に精通する吉崎エイジーニョ氏に執筆を依頼した。日本ではほとんど知られていない、「メガネ先輩」の背景に迫る。(文:吉崎エイジーニョ)
「メガネ先輩」と競技の出会い

 “体験学習”
 
 これが、のちに「メガネ先輩」と呼ばれるキム・ウンジョンにとってのカーリングとの出会いだった。2006年、地元の義城女子高1年のときだ。

 この年の5月、町の中に国内初のカーリング専用競技場が生まれた。すると、町の学生たちは皆体育の時間に「体験学習」に駆り出された。ここで、ストーンを滑らせ、狙う場所に置くこの団体競技に興味が生まれた。

 もう一つ、カーリングを始めた大きな理由があった。
 
 放課後にやることがなかった。

 なにせ人口5万6000人の山間の田舎町でのことだ。両親はいずれも農業関連の仕事に従事しており、自身も五輪前までは平日はカーリング、週末は農作業を手伝う、という生活を送ってきた。

 本格的にカーリングをやってみたい。そう体育の先生に伝えた。すると、先生は「もう一人必要だ」という。「メガネ先輩」は友達も誘ってみることにした。ケータイのメッセージで仲間が必要な状況を説明した。

「そうなのね」

 それが後にチームメイトになり、ともに五輪で銀メダルを獲得。試合中の「ヨンミ〜」の掛け声が大ブームとなるキム・ヨンミだった。じつは自分自身の母親と同姓同名でもある。
 
 それでもチームを組んで競技を始めるには、二人では人が足りなかった。
 
 ヨンミが誘ったのは実の妹ギョンエだった。まだ義城女子中の中学生だった。姉のヨンミはギョンエに対し、「あんたも必要」という短い言葉で勧誘した。言葉数が少ないのは、一般的に慶尚道地方の風土とされる。
 
 さらに中学生のギョンミは、先輩とだけやるのは不安だったか、学校の黒板にこう書いた。
 
 “カーリングする人 募集”
 
 誘いに乗ってきたのが、キム・ソニョンだった。そこに2015年、京畿道で期待の高校生として注目されていたキム・チョヒが加わって誕生したのが「チーム・キム」。つまり、平昌五輪代表チームだった。
「もっとも高齢化が進む自治体」から

 この話、すべて大韓民国慶尚北道(キョンサンプド)義城(ウィソン)郡で12年前に起きた出来事だ。
 
 ここから始まったストーリーが、2018年3月の現在、「メガネ先輩」を中心に「視聴率46.1%(日本との準決勝時)」、「彼女の使用するメガネの売上5〜6倍」、「サッカーKリーグや飲み屋などで“全国のヨンミさん無料キャンペーン”相次ぐ」「CM起用も噂される」といったシンドロームを巻き起こしている。
 
 この義城、3つの点で有名だ。
 
 まずは、にんにくの生産地として。
 日本のメディアでも、「メガネ先輩」率いるチーム・キムは、「にんにく少女」と報じられた。韓国国内のシェアでは温暖地で生産される済州島などに押されているが、義城のにんにくは寒冷地産でにおいを取り除いた高級品を売りにしている。
 
 ふたつめは「韓国でもっとも消滅の可能性の高い地方自治体」として。
 昨年の9月、「中央日報」が韓国政府の準参加組織である韓国雇用情報院から独占入手した「韓国の地方消滅2」の資料による。
 
 65歳以上の高齢者人口に対して、20歳〜39歳の人口比率を算出した「消滅危険指数」が韓国最大の「0.158」だったという。2位は全羅南道高興郡の「0.167」。ちなみに正常値は「1.0から1.5未満」と記されている。
 
 つまり、「メガネ先輩」は韓国で「もっとも高齢化が進む自治体」出身ということだ。
 
 そして3つめはもちろん、カーリング。「メガネ先輩」ほか、5人のうち4人のメンバー出身地として韓国国内で大いに名を知られることになった。
ではなぜ、この地でカーリングを?
 今回の五輪開催地平昌から約150キロ南下、日本の長野県松本市と近い緯度に位置する町は、もともと冬期競技にゆかりのある町でもない。
 
 1988年カルガリー五輪ではじめてエキシビジョンマッチとして採用されたカーリング。1995年に韓国に初めて種目が紹介されたとされる。01年1月には国内最初の男子チームが慶尚北道で結成された。
 
 そこには、義城郡の所属する慶尚北道スポーツ界の狙いがあった。
 
「聯合ニュース」が2月20日(チームが第10戦アメリカ戦に勝ち、準決勝進出を決めた後)の記事でこう記している。
 
「冬のスポーツ不毛の地だった慶尚北道。冬季体育祭典(日本の国体の相当)では万年下位圏にいた。これをなんとか改善したいと考え、施設投資を行うことを決めた。気候上、スキーやスケートの施設は難しいと判断し、カーリングを選択した。またこの競技は頭脳と精神力を使うものとして、韓国人に適合するとも判断された。家族、友人とともにやる、チームワークが重要な競技としても合う」
 
 草創期、選手は厳しい環境での競技生活を強いられていた。同媒体が続ける。
 
「専用競技場がない状況で、(近隣の大都市)大邸に出向き、室内アイスリンクでアイスホッケー選手の練習が終わった後、午後10時、11時から練習を始め、深夜2〜3時に終えるという状況が続いた」
 
 そういった状況でも、韓国男子代表は03年に青森で行われた冬季アジア大会で金メダルを獲得した。これを機に「専用競技場をつくろう」という機運がさらに高まった。韓国カーリング協会会長を務め、もともとはレスリング選手だったキム・ギョンドゥ氏が尽力した。慶尚北道内の他地域にも建設の話を持ち込んだが、どこも首を縦に振らず、最終的には自分の出身地から承認を得たのだ。
 
 こうして、2006年5月に施設が完成した。
 
 正式名称:慶北カーリング訓練院。
 韓国最初の国際規格を持つ4レーンの競技場。
 
 慶尚道が11億5000万ウォン(約1億1500万円)、義城郡が3億5500万ウォン(約3500万円)、慶北カーリング協会が16億ウォン(約1億6000万円)を捻出し、市内の運動公園内に設立された。カナダの事例を参考に、官民一体で出来上がった施設だった。
 
 できたてホヤホヤの施設で、体育の授業で体験学習をしたうちの一人が少女キム・ウンジョンだった。つまり後の「メガネ先輩」だ。ちなみに藤澤五月も2016年11月にここを訪れ、アジア太平洋選手権を戦っている。
カーリングへの“賭け”は、町の若返りにつながるか

 いわば”ニッチ”な市場に絞り込んだ大胆な勝負だった。結果、「韓国でもっとも高齢化の進む町」は平昌五輪でのメガネ先輩らのストーリーを生み出した。日本戦の際には、テレビ中継のマイクを通じ、試合中の話し合いをこの地方の方言丸出しでやり、韓国の視聴者の心を鷲掴みにしている(このへんはチーム藤澤の「そだねー」と本当に事情が似ている)。男子・ミックスダブルスのすべてがこの 慶北カーリング訓練院を拠点に活動する慶北体育会所属となっている。
 
 カーリングへの”賭け”。これが「町の若返り」に貢献するのか。
 直接的なものではないが、今のところ「人を呼ぶ」という効果は出ている。
 
・2016年、17年の韓国国内の大会をすべて誘致。
・平昌五輪前には、スイス・デンマーク・スウェーデンがベースキャンプ地として活用。
 
 また、同施設は来年の6月までに韓国政府の支援を受け、カーリングレーンを2つ増やし、観客席を追加する予定だ。
 
 平昌五輪で使用されたカーリング場は大会後、床を改築し体育館と変わる予定だという。つまり、この「メガネ先輩」らの育った慶北カーリング訓練院は、韓国内での需要が高まっていくと予想される。
 
 大会後の大人気の下、多くの韓国メディアもこの義城郡を訪れている。メガネ先輩に関して、町のおばあちゃんからこんな話が出てきている。
 
「あの子はね、外国に行ってたいへんなんだけど、必ずお土産を買ってくるのよ」

メガネ先輩を中心としたシンドロームは、「韓国でもっとも高齢化の進む町」から誕生したストーリーでもあった。スポーツ文化の発展にはやはりインフラが拠点になる。その点も示している。五輪決勝戦直後の会見で、メガネ先輩は「チーム・キム」の継続を宣言した。彼女の力添えも得て、町がどう生き返るか。これが彼女を巡るストーリーの第2章のテーマに加わる。日本と似たところも大いにあり、注目すべき地方都市活性化案ではないか。
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